勇敢で優しい
昨日に続き 物語で書いてみる。
ぼくが子供の頃の話。
珍しく家族そろってイタリア料理を食べに行く事になったのは、土曜の昼の事。
しかし、車内で夫婦喧嘩が始まってしまった。我が家では日常的な光景だ。
兄弟は兄と妹とぼく。妹はまだ母の膝上。車が土手の路肩に止められ時、ご飯に行くのはしばらく後だろうと悟った。かなり喧嘩に熱が入っているようだった。
その中、嫌気がさした兄(当時小6)は車から降り、家とは反対方向に向かって歩いて行った。
どちらも負い目を感じたのだろう、
父も母も兄を止められなかった。
扉は開いたまま、ぼく(当時小1)の目には黙々と歩く兄の後ろ姿が見えていた。
この中で兄の気持ちが一番よく分かるのはぼくのはず。兄を追うか、車に残るか、わずかその数秒、まるで生きるか死ぬかを迫られる気持ちだった。
ぼくは兄を追った。車を降りる時、母親は500円玉をくれた。
小1のぼくには大金だ。
ぼくは走って兄に追いつくも、何と声をかければ良いか分からずその500円玉を「これ、お母さんが。」とだけ言って渡した。
兄がどこに向かっているかは分からないが、大股で歩く兄の斜め後ろを早歩きでついて行った。
結局5kmほど歩いた。
調べてみると5kmは大人の足でも徒歩30分ちょっと。小1のぼくにとっては 一県か二県 超えた気になるほどの長旅で、とにかく歩いた。しかし、これは残念ながら行きしなの話。帰りには、ぼくは力尽きる事になる。
何を考えて歩いていたのか。
本当に会話は無かったのか。
何も覚えてない。
ただ、歩いた先にあったのはいつもお母さんが車で連れて行ってくれる、大きなショッピングセンターだった。
子供にとって車で出かけると言うのは、車に乗り込み、時間が経ち、降りれば目的地。というような感じで、半ばワープしているような体感でいた。まさか歩いて行ける場所とは思っていなかったので、その大きな看板が見えて来た時には少し困惑したのを覚えている。
空調の効いた店内はまるで天国のようだった。
兄はぼくに少し待つように言うと、マクドナルドでハンバーガーを1つ買ってきた。
兄はハンバーガーを2つに割ると、お肉がはみ出している方を紙に包んでぼくに渡し、自分はその残りを手で持って一緒に食べた。
子供ながらに兄の優しさには気づけたつもり。
この頃には2人とも、昼間の喧嘩の事など覚えていない。ショッピングセンターを探検した。
帰る時には陽が沈みかけていた。
帰路につき、ちょうど半分を越したあたりだろうか、兄はコンビニに寄りアイスキャンディーを1本ずつ買って来てくれた。
今度はひとり1本。
食べながらさらに歩き、ぼくは力尽きた。
兄はぼくをおぶり、立ち止まる事なく歩いてくれた。特に急いでいる様子はなかったが、これ以上遅くなるのは良くないと考えていたのかもしれない。
またしばらく歩き、ぼくが兄の背中でうとうとしていると、自販機の前で兄の足は止まった。お店の前に並ぶ4台ほどの自動販売機。兄はぼくに好きな飲み物を選ばせてくれた。
おそらく500円の最後の残りだろう。
そこからは また2人で歩き始め、それでもかなりかかってやっと家に着いた。
ぼくの中ではワープして着いていたショッピングセンターも、兄は外の景色を見ながら車に乗っていた事がよく分かる。
残念ながら、この記憶は土手から自分の家が見えてきたところまで。
そのあと家に帰った時の記憶はよく覚えていない。その後 妹はご飯を食べに行けたのか、それも覚えていない。
ただ、この出来事がハッピーエンドで終わった事は覚えている。
きっかけはなんであれ、勇敢な兄の姿を肌に感じ、その優しさを肌に感じた土曜の夕暮れ。
今思い返すと背筋が正される良い思い出だ。
最後まで読んでいただき
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