てくてく日和

Fiction&NonFiction 20代男一人暮らしの趣味ブログ

自分の出る幕を考察

生きていれば

良い気分になる事も、

嫌な気分になる事も、

 

良い気持ち、

嫌な気持ちになる事もある。

 

ぼくは出来る事なら 少しでも長く、

心地の良い気分でいたい。

 

避けられるなら、

悪い気持ち、嫌な気分になるのは

最小限にしたい。

 

ぼくは良い出来事に対しては

両目でしっかりと見つめて喜ぶ。

 

反対に、

嫌な出来事の時には目は半開き。

感情移入しないよう、

事の状況だけを把握する。

 

事の内容によっては介入しない。

その時には目を瞑って何も考えず、

感情を無にするのだ。

 

時間が経つのを待ち、

事が過ぎ、事が終わるのを待つ。

 

 

 

この介入すべきか、

すべきじゃないかを

見極めるのは経験が必要だと思う。

 

ここで自分は楯突くべきか。

意見を言うべきか。

自分の出るでき幕か。

そこに自分の損得はあるのか。

 

人によっては

自分が正しいと思えば

相手が誰であれ意見を言う。

 

しかし、

それによって

得られる物と失う物は視野にない。

 

そんな人は、

文字通り視野が狭い人と言われたり、

周りが見えなくなる人、

自分しか見えない人、

感情的な人、

身の程知らずな人。

若い人に多い傾向があるように感じるが、

ここに、

最初に書いた経験の有無が生きてくる。

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人はそれぞれ立場が違う。

もし自分の会社の上司が

仕事中にゲームをしているのを目撃したら。

 

誰もが多かれ少なかれ

モヤモヤを感じるだろう。

 

それがいつも偉そうに指示を出す

上司だったら。

 

そんな姿を目撃した時は、

どう対処するか。

 

見て見ぬふりと言う

選択を選ぶ人が多いかもしれない。

 

しかし、

同じ見て見ぬ振りであっても、

ある人は心の中で上司を罵る。

 

ある人はもうその人の言う事に従わないと

心に決めるかもしれない。

 

ある人はさらに上の人に

密告するかもしれない。

 

ある人は寝ても起きても上司に対する

イライラが治らないかもしれない。

 

 

 

 

 

ぼくはそんな上司の姿を見た時は、

完全に目を瞑り、見なかった事、

自分の中で無かった事にする。

 

それは何よりも自分のため。

 

そうすれば

嫌な気分になる事も、

悪い気持ちになる事もない。

 

周りの人間は上司の陰口を言うが、

そんな どうでも良い事に心騒がせていては

無駄であり、無意味であり、損。

生産性もなく得られるものもない。

 

それなら、

イライラを持って上司と関わり続けるよりは、

何もなく、これまで通り上司と関われた方が

どう考えても ぼくは良いと思う。

 

それがもし仮に立場が違い、

自分がその上司よりも上の人間なのなら

話は別。注意すべきだ。

 

それは 自分の出るべき幕だから。

 

そこに自分の生活や

給料がかかっているのなら全力を

出しても良いのかもしれない。

 

しかし、

自分の気持ちを晴らすために、

隠れた物をただ大声で叫んでいては

何かを得るどころか、

失うリスクを考えなければいけない。

 

自分の出るべき幕、

出るべきではない幕がある。

 

自分にとって関係のある事か、

関係のない事か。

 

どうでも良くない事なのか、

どうでも良い事なのか。

 

何でもかんでも物事を

一括りにするのは賢くない。

 

 

出るべき幕でないと分かれば、

きっぱりと忘れれば良い。

 

悩み、モヤモヤするだけ損。

それなら少しでも早く気持ちを切り替えて、

良い暮らしに戻れば良い。